2018年06月17日号 08面

  世界の人が力を合わせた

 各国を移り住む厳しい難民生活の中で、迷子になった猫と家族が再会した。人々を勇気づけたこの実話が絵本となり、今年日本でも翻訳された。5月には作者の1人で、捜索支援に携わった米国人のエイミー・シュローズさんが来日。その活動の背景には、聖書を土台とする愛と希望の姿勢があった。「世界難民の日」(1、7面参照)を前に、故郷を離れることを強いられた人々の境遇に思いをはせ、私たちにできることを考えたい。【高橋良知
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『まいごのねこ ほんとうにあった、難民のかぞくのおはなし』ダグ・カンツ、エイミー・シュローズ文、スー・コーネリソン絵、野沢佳織訳、岩崎書店、1,836円税込、A4変

いじめられていた一匹の白猫との出会い

 エイミーさんが、クンクーシュに出会ったのは、難民支援をしていたギリシャのレスボス島。1匹の薄汚れた白い猫が周囲の野良猫たちからいじめられていた。エイミーさんは飼い猫を見失ったというイラク難民家族がいたことを聞いていた。ただその家族が誰で、どこへ出国したかはすでに分からなかった。

 エイミーさんは米国でペットの引き取り手を探すNPOで働いていたこともある。この白猫は飼い猫だと確信したが、飼い主を探すのは難しいだろうと思っていた。

 そのようなとき勇気づけられた事件が起きた。きっかけは、250人以上が乗った難民ボートが座礁したことだ。しかし数人のスタッフで救出できた。「数人で250人を助けられた。猫の飼い主も探せるかもしれない」と思えたのだ。自ら猫を引き取り世話をした。猫は現地の獣医師の提案でディアス(勇気を与えるギリシアの神の名)と名づけられた。

 絵本では引き取った猫の様子を次のように言う。

 …おふろから出て5分もすると、ニャーとなきかけ、ぱたっとうつぶせになってねむってしまいました

 …へやのなかをうろうろしては、大きなこえでかなしそうになきました

野・山・海こえ国外脱出

 スーラ一家はイラク北部のモスル出身。がんで夫を亡くしたスーラさんは、4人の女の子、1人の男の子を育ててきた。2015年にはISによる略奪やレイプなどの危険が迫り、「難民運び屋」(密航斡旋業者)を通して脱出を図った。荷物が制限される中、スーラさんはクンクーシュをかごに忍ばせた。クンクーシュはその親の代から育ててきた。スーラさんにとっては離れて暮らす両親を思い出させる存在でもあった。

 一家は夜中に自動車で脱出し、別の運び屋に渡され、森や山を歩き続けた。トルコからゴムボートでエーゲ海を10キロ渡航。ボートには定員25人のところ、60人以上が乗っていた。波に濡れながらレスボス島に到達。そこでしばらく放置していた籠からクンクーシュが消えてしまった。家族は人々と猫を探した。

 …かなしくてたまりませんが、いつまでもレスボス島にいるわけにはいきません。さきにすすんでいくしかないのです

人々の協力で4か月ぶりに再会

 エイミーさんたちは、周囲から「見つけるのは無理だ」と言われながらも、チラシやウェブで猫捜索の呼びかけをした。同僚で元国連職員のマシェーリが積極的に情報発信した。また米国在住のミシェルは、フェイスブックで猫を探す専用ページを立ち上げ、支援のための寄付も集まった。

 やがてノルウェーにいたスーラ一家に情報が届き、4か月ぶりに猫と一家の再会が実現した。

 まずスカイプで連絡したときの様子を絵本ではこう表現する。

 ふわふわの白ねこが画面にうつると、お母さんと子どもたちはおもわず、「クンクーシュ!」とさけびました。クンクーシュは両耳をぴんと立てて、きょろきょろと家族をさがしています

 ノルウェーで再会すると、「二度と会えないと思っていた。これで人生を歩んでいける」とスーラさんたちは泣きながら喜んだ。

 その後、残念ながらクンクーシュは16年に病気で亡くなった。しかしこの物語は、世界に難民の現状を知らせ、勇気と希望を与え続けている。エイミーさんは「難民の方々は戦争や略奪、国外での厳しい生活など、人間への信頼感が揺らいでいる。その中で、世界中の人々が協力して助け合ったことが、人類愛への回復につながるのではないか」と言う。

 エイミーさんたちは、難民支援のためにこの出来事をもとに、絵本、アニメ、ぬいぐるみなどを制作してきた。SNS、動画サイト、インターネット電話などが活用された。猫の表情も豊かなイラストもフェイスブックを通じて知り合ったイラストレーターが手がけ、米国の絵本の賞を受賞した。ぬいぐるみは難民の人々が制作。支援につなげようとエイミーさんたちは販路を模索している。

 日本でもテレビ番組(「奇跡体験!アンビリーバボー」4月7日放送)などで紹介。猫ブームの後押しもあってか、世界に先駆けて絵本が翻訳された。

“人からしてもらいたいことを” エイミー・シュローズさん
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 エイミーさんは、母方の祖父がメソジスト教会の牧師。親戚関係にも牧師が多い。幼いころから教会で育った。だが、父親からの虐待があり、逃れるために母親や妹と家を転々とした。

 母は毎日聖書を読み祈っていた。母は常に、「人よりも神の言うことを聞きなさい」と教えた。牧師の祖父も病院を周り人々に奉仕した。「自分の手柄にしようと思わず、神の栄光に帰せば何でもできる」と語っていた。

 エイミーさん自身も「人からしてもらいたいことは何でも、あなたがたも同じようにしなさい」(マタイ7・12)というイエスの姿勢にならい、ボランティア活動に積極的だ。母の尽力でホームスクールで教育を受けたことで、自分で決めていく姿勢が育ったという。

 難民との出会いは長期休暇でヨーロッパを旅行したときだった。大勢の難民が乗った列車に遭遇。フェイスブック上でボランティア募集に申し込んだ。

 定期的に礼拝は行っていない。「〜すべき、〜してはならない」という律法的な姿勢の人々に拒否感をもったからだ。ただクンクーシュの奇跡を目の当たりにし、「神の前では謙遜でないといけない」と心境の変化が起きているという。

 地元ではホームレス支援として、ホームレスだけではなく、様々な人がアート活動を通して出会えるギャザリングスペースという場所作りをしている。「レスボス島で、世界中の人々が集い、恐れを越えて出会い、それぞれができることをする、という体験をした。それを米国でも実践しています」

 これに関しても教会と人々の意識のギャップをこう指摘した。「教会でも支援活動があるが、人々は教会を怖がり入らない。私の世代では多いのだが、若い人は『〜すべき』というクリスチャンにアレルギーがある。私は教会の外になるが、枠を超えて活動しています」

 米国の排外的な動きについては顔を曇らせつつ、「皆が思っていたことが表に出たという意味では良いこともかもしれない。表に出してきれいにされてほしい」と言う。「神様は大きな計画をもっている。それぞれが役目を持っていければと願う。ぜひ絵本を繰り返し読み、子どもの読み聞かせなどでも用いてほしい」と語った。